同棲生活編 6
仕事場(店)と自宅を往復するだけの毎日が続いた
メチャ多い仕事に追われながらもカミイと一緒に居る毎日は幸せだった
自分が恋した奴とずーっと一緒に居られるなんて今までに無い事だった
張り切って仕事をして出来るだけ彼の傍に居る時間を増やそうとするから客の評判も良かった
客が「いつも此れ位の熱意で仕事すれば もっと こなせるのに」って言う位だった
客から頼まれた「無線のアンテナ」を手巻きしてたら 何本か巻く内にカミイが見て覚えてしまった
物は試しって1人でさせてみたら俺が巻くより手の力が強いのかきつく巻けて緩み難い
彼の巻いたアンテナは評判が良く 毎日2本か3本は売れるようになった
これ1本で7000円の利益が有るから彼の給料は自分で稼げる、、、
調子に乗って「カミイアンテナ」って名前で売り出してみたら大ヒット!!
働かせるつもりで日本に連れてきた訳じゃ無いけど俺より忙しくなってしまった、、、
アンテナの根元に銀ペンで彼の名前をタイ語でサインさせたら「読めないけどカッコいい」って
う〜ん世の中 何がヒットするか解らん、、、
彼 手にマメが出来て痛そうだから「作るのやめたら」って言ったけど やめない、、
「自分が作る物を人が喜んで買っていくのは楽しく嬉しい 人の役にたっている感じが好き」
「今まで人にこんなに喜ばれた事は無かったんだよ」って、、、
俺がもっと喋れたら彼にTVの修理など彼が手に職を付けて食える位に教えてあげられるのに
こんな専門的すぎる事を覚えてもタイではお金にならない、、
俺 もっともっと話せるようになって彼に色々教えてあげたい、、、
まあ とにかく彼が作るアンテナは良く売れた
彼と一緒に過ごす時間が たとえ仕事の時間でもお互いに楽しくて仕事も はかどった、、
彼ってお茶やコーヒーを出す仕事からアンテナ巻きまで店の仕事ばかりでなく
言われないのに店や自宅のトイレの掃除から洗濯まで自分から率先して働く、、
掃除 洗濯 皿洗い等 メチャ嫌いな俺とは正反対 結婚出来ないのが残念だ、、
俺が仕事で稼いで彼が家庭や仕事を手伝う、、理想的な2人なのに、、、
まあ俺だけの片思い でも新婚みたいな気分で毎日を暮してた
だって 全てが上手くいっていたから、、、彼を離したくないよ、、
日本に来て3週間が過ぎ明日が2回目の休みって時に彼に聞いてみた
「毎日5000円って約束で日本に来たよね これ3ヶ月でおよそ10万Bだけど何に使うの」
「家を建てて余ったお金でお母さんの家の屋根の修理 もう少し余ると思うから せいちゃんが
前に貸してくれた金と足して言われたように畑が買えたらいいな、、」
え!え!え!45万円で家が建つ???余る??計算間違えてない?
翌日Nさんの所に行って聞いてみた 自分の家の写真を見せて「これ位のなら建つわよ」って
う〜ん失礼ながらボロッチイ家、、「日本の建売位のは幾ら位?」って新聞広告の写真を見せた
「100万円も有れば充分よ」っておっしゃる、、俺の心にアイデアが閃いた
帰ってからカミイに書店で買った家の本を見せた
「此れ位の家はお金が幾ら有れば建つかな?」「詳しくは判らないけど40万B位かな」
わーい それって200万もかからないって事だ!
「カミイ 俺 相談が有るんだけど そんなに安く出来るならこの位の家を君の田舎に建てないか
俺は海外に別荘が欲しいし君が居れば泥棒の心配もないし部屋の掃除も出来るだろ」
彼はまだピンときていなかった 「そんな大金何処に有るの?大金持ちみたい、、」
「あのね 40万Bって俺の今の1ヶ月で稼げる月給なの だから作れるの!」
大きいお金になると彼は暗算が出来なかったから詳しく解るまで説明した、、、
「そして この家は君の家でも有るんだよ 俺が居ない時は君が住むんだから」
やっぱり会話が難しすぎた 今日もNさんの所に行って通訳して貰う事に、、、
カミイが家を建てるって言うから「俺も混ぜて」って事 だから日本人が住めるようなレベルの
家を建てて共同にしないか? 君は日本で働いたお金と家を建てる土地を出す
俺が不足分のお金を出せば家は完成でしょ 勿論 部屋は別々でもいいよ
俺には日本人の生活が有るし 君にはタイ人の習慣が有るからね!
カミイ「良い話だけど暫く考えさせてくれ」って言う 俺とじゃやっぱり嫌かな?
俺が彼を好きなのは客から見てもミエミエだから感づいていない訳も無いし、、、
----------------------------------------------------------------
同棲生活編 7
その日の昼過ぎからちょっと遠出をして鹿児島市内まで車で出かけた
福岡では空港から地下鉄で街の様子は見ないで駅に着いたので
カミイにとっては初めて見る日本の都会の姿だった
ジェラシックパークの映画が封切りだったので映画館でのデートと洒落込んだ
幸いにも座れたが封切日だったから後から来た人達は立見で席は無かった
カミイそれを見て「何でこんなに人を入れるの座れない程」って言う
タイでは全部指定席で椅子の場所で料金も違うと言う
え!何だかタイの方が映画館のシステム進んでいるような気が、、
おまけに料金聞いたら入場料が絶対タイが安い
今度から映画見るときはタイで見る事にしよう、、、
それでもジェラシックパークは彼にとって言葉が判らなくても充分楽しめたようだ
映画が終ってから聞いてみたらTVが無いからタイ人の娯楽は映画だって、、
安い椅子席で25B クーラーが効いて涼しく とっておきの贅沢だそうだ
「タイじゃ良く映画見に行くの?」「最初に月給を貰った時に街で見たよ」
よく聞いたら年に一度の贅沢って感じで今までに3回見た事が有るって、、
彼には今日の映画の代金は教えないでおこう、、絶対高いって言われるから、、
ただでさえ2本立てじゃないって 日本の映画館はケチだと言っていたから、、、
それから鹿児島市で一番の繁華街「天文館通り」で見物
小遣い1万円あげたら 彼方此方引っ張りまわされた、、
お金で自分の好きな物を買うって経験を充分に楽しみたいけど
この予算で何を買おうか決めかねて探し回って彼方此方の店に入る、、、
店を何件も覗きながら彼が言う「いつも欲しくても見るだけだったから、、
何か買う時も生活に必要な洗剤とかばかりだったから急に決めたくても何がいいかな」って
そんな彼が選んだのはリーのジーンズだった
「この柔らかい生地のジーパンはタイには無いよ でも高い7800円もする、、」
彼が持ってた今までのジーパンはコピーの120Bの製品だけだったからケタが違う
でも結局これを選んだ 裾直しをして貰っている間に残りの金で特価のTシャツを買った
このGパンとTシャツは彼のウエストが変わって着れなくなるまで此れから数年の間
彼の「よそ行き」の服として活躍した、、10年近い今でも弟に引継がれて活躍してる
せっかく鹿児島市内まで来たから夕食を食べてから帰る事にした
今までファミレスしか連れて行った事しか無かったから 本格的な店を選んだ
美味しい鹿児島牛を食べさせてくれるので評判の店に入った
この店は客の目前でシェフがパフォーマンス宜しく焼いてくれるステーキの店
本当に「血の滴るような」って感じのステーキに彼「焼けてない!」って、、、
俺が「これが美味い食べ方だよ」って見本として口に入れて見せたら
彼も恐る恐る食べてみた「柔らかい!美味い!これタイの肉とは違う」って言う
食べながら聞いてみたら水牛が病気で死んだりすると偶に肉が食えるらしい
でも噛む事が難しい位に硬く味も不味いらしい
まあこの店ファミレスとは違い特選牛肉だから比べる方がおかしいけど
彼が牛肉の本当の味を覚える事になった(でも毎日は食えないよ、、メチャ高いから、、)
帰りがけ彼が言う「今日は夢みたいな1日だったよ こんなにお金を使っても良かったの?」
俺「いつも仕事ばかりでカミイに見せてやれなかったから偶にはいいさ」
カミイ「日本人は皆 こんな生活してるの?貧乏な人は居ないの?」
俺「病気で働けない人でも国が少しはお金を助けるから食えない位貧乏人は居ないかも」
生活保護とか年金 医療保険の話をするには俺のこの頃の会話力では無理だった
でも彼 疑問に思ったらしく後日 Nさんに聞いていた
そして俺にその後で「日本は凄い」って言う 「きっと君達の国もいつかはそうなるさ」って
答えたけれど彼は うなづかなかった
さあ休みは終った 明日から又 仕事が待ってるよ、、、
俺には タイのHばかりに埋もれた毎日の方が天国だけどなあ、、
-------------------------------------------------------
同棲生活編 8
出会い編で書いた県議の親戚の店から連絡が有った「XX日に時間が取れます」って
カミイが日本に来てすぐに 御世話になった人達を呼んで「カミイ歓迎会」やろうとした
でも県議が議会で地元に居なかったり時間が取れなかったりで伸び伸びになってた
早速Nさんや農協の友人 それに「でっちあげ」で作った交流会だったけど
それで知合いになって付き合いが始まった数人の友人にも連絡した
勿論 交流会の役員達って事にしてもらって「無料飲み食い会」に招待!
まだちょっと早かったけどビアガーデンがオープンしてたから予約した
俺もカミイも飲まないけど他の人達全員飲むから、、
県議がその日 俺の店を訪ねて来た 何も聞いていなかったのでビックリ!
歓迎会の時間までは間があったがカミイがどんな人か知りたいと見に来てくれたとの事
早速カミイと御対面 言葉が通じないから簡単な通訳だけだったけど
「しっかりとした青年ですね」って言って下さった なんか騙してるのが心が咎めた
当日 心配してた雨も無く合計10人の「歓迎会」でした
Nさんが気を利かしタイ料理を準備して持参してくれた
旦那さんも招待したけど寝たきりの御祖父さんの世話を誰かがしなくてはと辞退された
でも その料理のおかげで会場は一気にタイの話題で一杯になった 感謝しなくちゃ、、
日本語の達者なNさんの巧みなタイの話に皆も関心寄せてくれた
カミイも久しぶりのタイの味に嬉しそうだ、、
自分の為に開かれた「歓迎会」だと初めて知って感激してた
だって「歓迎会」なんて単語 俺が知ってる訳がない、、Nさんに聞くまでは、、
皆で記念撮影をして2時間以上にわたった歓迎会は終了した
県議やNさんにはその後の食事を準備してあるって言っておいたから付き合って下さった
他の皆さんには2次会の場所を俺の付けが利く店を指定して食事してもらった
Nさんの通訳で聞くイサーンの話に県議すごく関心を寄せていた
票集めの社交辞令かと思ったが 本当に関心があるみたいだった
それから偶にカミイがタイに帰った後も訪ねて来られる、、
カミイその日 家に帰ってから俺に言う
「僕の為に日本でもあんなに沢山の人が力になってくれたんだね」
「そう 君は幸せだよ タイの**さん達ばかりじゃないよ」
「せいちゃんって何物?あんなに大勢の人が助けてくれるなんて?」
「日本人同士が助け合って君を呼べた 俺も人に力を貸す時もある
今回は貸してもらったから皆に借りが出来たね」
今日 夜間臨時休業したので明日からの仕事が山のように増えなきゃいいけど、、
やはり甘かった 翌日から地獄のスケジュールになってしまった(T_T;)
勿論 その日はそんな事知らずに心いくまで バッチリ彼にSEXしてもらって天国だったけど、、
----------------------------------------------------------------------
同棲生活編 9
以前にも増して仕事が多い 深夜帰宅の日々が続いた 俺もうクタクタ、、
今日も目を覚まし さあ出勤と思ったらカミイ具合が悪そう、、どうしたの?、、
額に手を当て「熱がある」ってゼスチャー、、
不規則な生活させた所為かな?それとも梅雨時期で気候に慣れない所為?
「病院に行こう」 彼 怖がってる「薬でいい」 「ダメ!見て貰おう」
彼 必死のゼスチャーで注射はイヤと俺に訴える、、
「判った注射しないよう言うから病院に行こう」
友人のA医師の所に連れて行き俺が病気になったようにして保険証使ってもらった
携帯の使用料その頃メチャ高かったけど そんな事言ってる場合じゃない
Nさんに電話して診断中の通訳をずーっと引受けてもらった
A医師「風邪だろうが念の為 血液検査しとこうか、、」
注射器を見せられてカミイ必死の形相、、Nさんに通訳してもらう
「身体に薬を入れるんじゃ無い 血を調べて悪い所が無いか捜す」
彼それでも渋っているから お願いして悪くも無い俺の血を見本に取ってもらった
それを見た彼も 少しは安心?したのか指示に従った、、
「今日は寝かせておきなさい 水分を多めに取るように ポカリがいいよ」って
ついでに「君の方が疲労が有るみたいだね 無理せず少しは休みなさい」
あらら 俺の血液もちゃんとチェックしたのね、、
薬を貰って病院を後にした あー良かった たいした事が無くって、、
彼「あまり食欲が無い」って言うからカロリーメイト缶もポカリといっしょに少し買った
「無理してでも食べた方がいいけど 食いたくなければコレ飲んでね!」
「おとなしく寝てなさい 用事が有る時は電話して携帯使えるから 俺仕事に行ってくる」
ちょっと遅刻して仕事場に到着 お客が大勢待伏せしてた、、、
夜8時頃 仕事は終っていないけど常連客にちょっと時間を貰い留守番をお願いして
カミイに「海老天が付いたザルそば」をカミイに届けた
彼 どういう訳か この日本的なメニューが好きだから、、、
おとなしく寝てた まだ熱が有るようだから食後に薬を飲ませて頭を冷やして寝かせた、、
とんぼ返りで仕事場に、、あさって定休日だから明日まで頑張れば、、、、疲れた、、、
客が居なくなったので何とか仕事を切り上げ それでも帰宅したのは午前2時、、
彼 起きてた「昼間寝すぎて眠れない」って、でも熱は37.5度まで下がってた 良かった
彼が起きていたから昼間の話を聞いてみた
カミイの田舎じゃ余程の重病人でなければ医者に掛らないと言う
彼 子供の頃 高い所から落ちて ひどい怪我で1回だけ病院に行った事があった
そこで重病人が注射されて 死んでいくのを見て「注射恐怖」になってると言う
後で彼の田舎に家を建てて住んでから知った事だが
「死にそうな重病でも 動ける内は病院に行く人は少ない」って感じた
お金に多少の余裕が有る人を除き それでも何とか薬で済まそうとしてた、、
素人療法で良くなればいいけど 手遅れになってから担ぎ込んでも遅い、、
まあアメリカだって国民皆保険って訳じゃ無いから貧困層は病院に行きたがらないけど
彼の田舎からは病院に行く交通手段だって毎日のバス1本じゃ帰って来れないから
本当に「遠い存在」って感じだろう、、
カミイ病院代を心配してた、、彼が病院に行った時 既に父は無く母が借金して
苦しんだのを いまだにハッキリ覚えているという、、
「大丈夫だよ 日本には保険が有るから安いんだ それに先生は友達だしね!」
それを聞いて彼 安心してた 「コップンマーク カップ(大変有難う)」って、、、
日本じゃ医者は「あたりまえ」なのに照れるなあ、、
それから後2日 大事をとって休ませた
でも身体の調子が良くなったら暇だったらしく ずーと以前録画しておいた
NHKの「未来少年コナン」全巻をビデオで見終わってた(これ長いよ、、)
他のは見ても面白くないって言うから宮崎ハヤオ(変換リストに「はやお」が無い!)
作品の「ルパンIII世カリオストロの城」とか「風の谷のナウシカ」紹介したら
寝てろって指定した最後の日の俺の定休日に二人で最後まで見るのを付き合わされた
まあ俺も疲れていたから休んでいいけど 宮崎さんの作品 言葉が解らなくても
感動作品らしい
余談だが病気が良くなってからもカロリーメイト好んで飲んでた
うーん 解らん「美味い」って言う あれ美味しいかなあ?、、、
----------------------------------------------------------------
同棲生活編 10
せっかくの休みがカミイの風邪で潰れちゃったけど 一緒に居るだけで幸せって感じ
翌日から仕事に戻る カミイも要領 覚えて仕事が速い
余った時間で店の近くを見て周ったり スーパーに行って買い物したりしてた
安い物しか買ってこないが「お金が使える」のが楽しくてキャラメル1箱とか買ってくる
ある日 彼 花を見せて「綺麗でしょう」って俺に言う 花束にして飾ってた
「綺麗だね いくらしたの?」って聞いたら
「買ったんじゃないよ 線路横に咲いてた」って、、、!!!!!
「え!人の物 勝手に取っちゃいけないよ」
「鉄道線路の横に生えていたんだ!盗んでないよ」
あーヤッチャッタ 一応 花が咲いてた場所を確認しに行った
「カミイ ここは誰かが花を作ってたんだよ タイと違って道端の花は植えてあるんだ」
「知らなかった、、、田舎なら花を植えるなら自分の家の庭だ」
俺黙って誤魔化して知らぬふりしてようと思った矢先 彼「謝りに行きたい」って、、、
俺「いいよ誰のか判らないから次から取らないようにすれば、、」
そう あまり手入れもしてない植えっぱなしって感じだったし、、、
彼「でもそれじゃ泥棒になる、、お願いだから捜して」って強く言う
そうか君がそう言うなら捜してみよう、、
近くの家に聞いてみた「それ2件隣のxxさんが作ってらっしゃった」
訪ねてみたが留守だった 「カミイ後でまた来よう」、、、
彼 仕事場に帰ってからもショゲテふさいでいた、、、
小さな菓子折り持って夕方6時過ぎにもう一度訪ねた、、
仕事から帰っておられたので事情を話してお詫びした
「まあタイから、、それじゃ解らないからしょうが無いわね」
彼に「判ってもらったよ」って言ったら「コート−(御免)」って何度も言ってた
通訳したら「気にしなくて良いんですよ でも正直な方ね」って
彼 帰ってから「コートー」って日本語で何と言うか尋ねてきた
う〜ん「御免なさい」って教えるのは簡単だけど実際の会話では日本語難しいからなあ、、
でも彼 下手なアクセントで何度も「御免なさい」って繰り返して覚えてた、、
-------------------------------------------------------------
目次へ